Language (言語)

【解説】デジタル先進国への道:デンマークの成功要因

white & red balls

デジタル政府ランキングなど、公共部門のデジタル化に関する調査で常にトップを占める北欧デンマーク。デジタルサービスの利用率はEU加盟国で最も高く、公共サービスに対する市民の満足度も世界トップクラスです。この記事では、デンマーク政府によるデジタル化の歩みを、実際に導入されたサービス事例を紹介しながら解説します。

近年各国がこぞって公共領域でのデジタル化を進める中、一足先を行く国があります。そう、北欧のデンマークです。

インターネット上で公開されているデジタル政府に関するランキングを少し調べてみるだけでも、その発展度が見て取れます。

デンマークといえば高福祉・高負担国家として有名。そのため、「人口が少なく税金が高いからこそ簡単にデジタル化できたのでは」という声が聞こえてきそうですが、実際はそう単純だったわけではありません。ここに至るまでには、長年に渡る慎重な議論と試行錯誤の連続でした。

では、デンマークはどのようにして世界を代表するデジタル先進国になったのでしょうか。その道のりを振り返ってみると、デジタル変革を成功させるためのヒントがたくさん詰まっていました。

デンマークがデジタル先進国になるまでの歩み

デンマークのデジタル化は、3つの明確な目標のもとで進められました。

  • 生涯学習:「国民がデジタル社会での生活に必要な技術を生涯学習できる環境を整える」
  • デジタル行政の効率化:「2003年までに北欧諸国で最も効率的なデジタル行政サービスを提供する」
  • 市民生活への適用:「2003年までに政治参加の手段、意思決定プロセス、文化活動などを、全市民向けにインターネットで提供する」

  参考源Digital Denmark:Conversion to the network society report(1999)

政府はまず、国民がデジタル社会での生活に必要な技術を学べる場を積極的に提供し、人々が抵抗なくデジタル政府を利用するための土台を整えました。

また、行政の業務効率化に取り組み、積極的にレガシーシステムを刷新。その結果、国民と政府職員どちらにとっても便利で使いやすいサービスを構築することができました。

そしてインターネットを政治参加や文化活動の場に取り入れることで、「国民巻き込み型」のデジタル化を推進しました。

デンマークのデジタル化がなぜ成功したのか。それは、明確な目標のもとで、うまく国民を巻き込みながら一貫性のある施策を実行してきたからだと言えます。

そして、4年に一度提出されるレポートでデジタル戦略の更新を報告し、定期的な官民連携プログラムを打ち出すことで技術強化を図るなど、デンマークのデジタル行政は今も進化を続けています。

デンマークのデジタルサービス事例

では、デンマークではどのようなデジタルサービスが提供されているのでしょうか。ここではデンマーク在住であればだれもが使う最も一般的なサービスの例をご紹介します。

1. NemID:どこでも使えるデジタルID

「簡単なID」という意味のこのツールは、公共・民間を問わず、あらゆるデジタルサービスにおいて本人確認を行える電子認証サービスです。例えば、文書への署名や、インターネットバンキング、医療ポータル、税金サービスへのログインなどに使用できます。

原型となったのは、1999年に実施されたデンマーク初のデジタル署名のパイロット企画。その11年後、NemIDが導入されました。

もともとNemIDの本人確認は物理的な暗号カードとセットでの二要素認証でしたが、2018年にスマートフォンで認証が行えるアプリがリリースされてからはオンラインで完結できるようになりました。

NemIDは、ログインサービスであるNemLog-inと合わせて、オンラインにおけるすべての公共サービスページで使われています。そのため、国民のユーザー体験に一貫性をもたせることができるのです。

NEMIDカード

デジタル化庁長官のリッケ・ホウガード・ゼベリ氏が「デンマークのデジタル行政の鍵はNemIDだ」と述べる通り、なんとデンマーク人口の90以上このツールを利用しています。

また、新しいデジタルIDサービスの開発も続いています。2022年には、MitID(「私のID」の意)と呼ばれる第3世代のデジタルIDが公開されました。複数の銀行と連携して開発されたMitIDは、サイバー詐欺やフィッシングの懸念が高まる中、セキュリティを強化した作りになっています。

2. Digital Post:安全なデジタルメールボックス

デンマークのDigital Post(デジタルポスト)は、公的機関や民間企業が市民や顧客、パートナーと安全にコミュニケーションを図れるプラットフォームです。

デジタルポストの図

Digital Post上で送信されるメッセージには法的拘束力があり、読むことが義務付けられています。

Digital Post以外にも、公的機関、企業、国民間のメールシステムとして使われているサービスはいくつか種類があり、(官民連携で作られたE-Boksやmit.dk)、市民は用途に応じて選択することができます。いずれにも共通しているのは、安全に確かな情報をやりとりできるということです。

Digital Postを利用する人はデンマーク人口の94%にも及び、そのうち92%が本サービスを「安心して使える」と回答しています。ログイン方法はその他のデジタルサービスと同様、NemIDまたはMitIDを使います。

3. NemKonto:市民と企業のための銀行口座

NemKonto(「簡単な口座」の意)は、CPR番号とよばれる個人識別番号(日本のマイナンバーと同様)と紐づいた普通銀行口座で、18歳以上のデンマーク市民とデンマーク企業は開設することが義務づけられています。

このサービスの目的は、失業給付や就学支援、確定申告審査などのサービス提供をスムーズにすることです。CPR番号と結びついているため、政府は銀行に問い合わせることなく各口座情報を確認できるうえ、ユーザーがNemKontoを更新すると自動的に政府側のシステムにも反映されます。

 

4. Borger.dk:市民の生活を支えるワンストップポータル

「市民」という意味のBorger.dkは、その名の通り、デンマークの生活で必要な公的手続き全般(失業給付金申請、健康保険証の再発行、結婚、住所変更の登録、税金の支払い、自転車の盗難届けなど) を行えるサイトです。外国人のために英語でも提供されています。

Borger.dkで提供されているサービス一覧

実際、どのように使われているのでしょうか。例えば、ある市民が納税日の通知をDigital Postで受け取ったとします。その人はBorger.dkから国税庁のウェブサイトへアクセスし、MitIDで納税サイトにログイン後、申請書に記入すると、還付金がNemKontoに振り込まれます。このように、複数のサービスが連携し、効率的なサービスを実現しているのも、デジタル先進国ならではの特徴です。

5. 各種サービスのモバイルアプリ

デンマーク政府にとって、「単に機能するサービス」は十分ではありません。民間企業と同じく、常にユーザー(国民)の体験を中心に置き、サービスを最適化してきたからこそ、高い利用率を誇ることができているのです。

今政府が力を入れている公共サービスのモバイルアプリ開発は、まさにその好例だと言えます。例えば、デンマークの運転免許証アプリは、物理的な運転免許証の代わりとして使うことができます。さらに、免許証の確認が必要な場合の通知機能や、本人確認に使用できるダイナミックQRコードなども備えています。

また、健康保険証アプリ、Digital Post、NemID、電話番号だけで送金し合えるMobilePayなど、様々なサービスがアプリを通して提供されています。

6. アクセス集中時でも安定したデジタルサービス

では、デンマークのデジタルサービスは、どのような点でユーザー体験に優れているのでしょうか。ユーザーニーズの根幹である4つの要素に当てはめて考えてみましょう。

Aaron Walterによるユーザーニーズのヒエラルキー

 

  • 機能性:国民が求めている目的を果たすことができるサービスである。
  • 信頼性:必要な時に利用可能であり、どんなときでも正常に機能する。
  • 利便性:統一されたログインとサービス間の連携により、一貫したユーザー体験を実現している。シンプルで直感的な作りになっている。
  • 娯楽性:心地よいデザインを提供することでユーザー体験の向上を図っている。

公共サービスの中でも、納税やコロナワクチン予約、給付金申請など、特にアクセス集中しやすい場面というのは、システム障害が起こりやすく、ユーザー体験を損ねてしまうこともあります。そのため、デンマークの税務局(Skat.dk)は、仮想待合室を導入し、安定したサイトパフォーマンスを提供しています。アクセスが集中すると、市民は待合室に案内され、そこから先着順でサイトにアクセスできるという仕組みを採用することで、サイトを負荷から守りつつ、公平な市民サービスを実現しているのです。

確定申告ページの待合室画面

行政のデジタル化による効果

デンマーク政府が20年以上にもわたって進めてきたデジタル化。最後に、どのような効果があったのかを紹介します。

1. 大幅なコスト削減

「デジタル化はコスト削減につながる」と数々の調査で報告されていますが、デンマークにおいてもその効果は一目瞭然です。

政府のデータによると、デジタル化によって節約できたリソースは金額にして29600万ユーロ(31770万米ドル)、業務時間も30%ほど短縮されたといいます。

 

2. 市民の満足感と信頼度の向上

また、デジタル化によって市民の生活の便利さを追求した結果、市民の満足度と信頼を向上させることができました。

例えば、デジタル行政サービスを利用した市民のうち、91%がその質に満足していると回答しています。また、欧州委員会によるデンマークのデジタル公共サービスの評価点は87点と、EU平均の68.1点を大きく上回っています。

さらに、公共サービスにおける主要4分野でデンマーク(オレンジ)はOECDの平均(緑)を上回っています。

デンマークの国民満足度を表す図

公共サービスに満足している市民は、満足していない市民に比べて政府を信頼する割合が9倍も高いという研究結果がありますが、市民満足度の高いデンマークでは、市民の72%が政府を信頼していると言われています。(OECDの平均は51%。) そして政府のデジタル化において問題となりやすい個人情報の取り扱いについても、81%の人が不安はないと回答しています。

市民が政府を信頼しているということは、施策がより受け入れられやすくなり、成功率も高まるということです。そして、施策が一度成功すると政府への信頼度はさらに高まりますので、好循環が生まれていくのです。

3. デジタルインフラの備えあれば憂いなし

またコロナ禍においても、既存のデジタルインフラがあったことで、スムーズに対応することができました。PCRテスト予約や検査結果の提供、ワクチン予約など、関連するサービスはすべてオンラインで展開され、NemID(個人ID)と結び付けられたコロナパスポートも導入されました。こうしたコロナ関連のサービスに11ヶ月の間で約1億回ものアクセスがあったことからも、市民の生活によく定着していたことがうかがえます。

また、パンデミックのような緊急事態には情報が錯誤しがちですが、デンマーク政府はDigital Post(デジタルメールサービス)を通してワクチン情報や衛生戦略などを発信することで、確実な情報提供を行いました。

そして2020年秋にはNemKonto(個人銀行口座)から住人200万人に補助金を配布するなど、景気活性策も既存サービスを活用してスムーズに実施されました。

一方で他の国では、コロナ禍にいきなり政府のオンラインサービスへの需要が高まり、ワクチン接種登録時などにアクセス障害が相次いで起こったケースなどもありました。しかしデンマーク政府は仮想待合室を導入していたため、障がいのない公平なサービスを提供することができました。

デジタル大国デンマーク

デンマークがデジタル先進国として評価されるのは偶然ではありません。それはまさに、明確なビジョンのもとで20年以上にわたり取り組んできた市民の教育、官民連携によるサービス強化、人的資源および資金の投資、法制度の整備などの取り組みの賜物と言えるでしょう。

Queue-itで公平なデジタルサービスを